2022/07/19

胎児の権利と税務

人の始期・出生

人はいつ誕生するのか、人の始期はいつなのか。
日本では民法第3条第1項において、「私権の享有は、出生に始まる」と規定されています。これは、「出生することで人は誰でも私法上の権利を取得したり、義務を負担したりすることが出来る」ということです。ではこの出生はいつの時点のことを言うのでしょうか。これに関しては日本の法律では特に明確な定義をしていません。

「人の始期」をめぐる学説としては以下のようなものがあります。
・独立生存可能性説 … 母体外において独立して生命を保続できる状態になった時点を「人の始期」とする説。
・出産開始説(分娩開始説、陣痛開始説) … 出産が開始した時点又は開口陣痛が開始した時点を「人の始期」とする説。
・一部露出説 … 「胎児の身体が母体の外から見えた時点(一部が露出した時点)」を、法的な「人の始期」とする説。
・全部露出説 … 「胎児の身体が母体から全部露出した時点」を、法的な「人の始期」とする説。

このように人の始期をめぐる学説には様々な見解があります。

刑法、民法での出生の扱い

人の始期について様々な見解があることがわかりました。では、どの学説が主に採用されているのでしょうか。
刑法や民法など、法律によっても通説とされるものは異なっています。
・刑法における人の始期 … 「一部露出説」の採用。
・民法における人の始期 … 「全部露出説」の採用。
これは人の始期をいつにするかによって、もたらされる影響が刑法分野、民法分野で異なるからです。

例えば、刑法分野では、「子供の一部でも母体から露出していれば、そこに直接の打撃を加えて、母体に影響を与えず子供のみを殺害することが可能である。」という観点から、「一部露出説」が相当であると裁判所は判示しています。
民法分野では、「子供が母体から分離した段階で生きていた」ならばそれは生きて生まれたものと考えるべきであるとする「全部露出説」が通説となっています。これは後述する相続の分野において、「生きて生まれたかどうか」が重要になってくるからです。
次項では相続の分野において、胎児の権利能力と税務について紹介したいと思います。

胎児の権利能力。相続に関する胎児の権利能力

これまでの話では、人が権利能力を取得するのは「出生の時」ということとなり、本来ならば、まだ生まれていない胎児には相続についての権利もないはずです。しかし、相続に関しては例外的に胎児にも権利能力を認める「みなし規定」があります。まず、民法第886条ではこのように定められています。

民法第886条 (相続に関する胎児の権利能力)
 1.胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。
 2.前項の規定は、胎児が死体で生まれたときは、適用しない。

したがって、胎児であっても、死体で生まれたときを除き、相続については相続権を有することとなります。一方、相続税法の規定を見てみると、「相続人となるべき胎児が相続税の申告書を提出する日までに出生していない場合においては、当該胎児は法定相続人の数には算入しないことに取り扱うものとする。」とされており、申告期限において出生していない胎児については、その不確実性に配慮して課税の公平の観点から、相続人の数に算入しないものとされています。
このままでは民法と相続税法に食い違いが生じてしまいますので、上記の民法上の取扱いとの均衡を図る必要があることから、相続税法第32条において無事に出生した胎児については法定相続人の数に算入して、相続税額の「再計算」をすることが認められています。
このように出生していない胎児にも、無事に生まれてきた場合には権利能力が認められ、相続権があることがわかりました。様々な分野において、胎児に関して同一の取扱いはせず、みなし規定を定めるなど局面に応じた対応がされていることがわかりました。これとは逆に、人の終期についても分野ごとの見解があるみたいですが、それはまた次の機会に。

記.大阪業務2課