2020/10/21

相続後の自己株式の取得について

自己株式の取得

まずは自己株式の取得についてまとめました。

自己株式の取得とは

株式会社が発行した株式をその株式会社の株主から買い取ることを指します。
自己株式の取得は、一度株主から調達した資金を株主へ払い戻すことになります。

自己株式の取得の意義

平成13年の商法改正により、分配可能額の範囲内での自己株式の有償取得・保有
・消却・処分は株主総会・取締役会の決議のもと、原則として自由に行うことができるようになりました。
平成18年に会社法が施行されましたが、改正商法の趣旨(自己株式の株式取得の自由化)は継承され現在に至っています。

自己株式の取得の主な目的

①事業承継・相続対策(非上場会社向け)
②株価対策(上場会社向け)
③敵対的買収への防衛策(上場会社向け)
④M&A対価としての利用(上場会社向け)
⑤少数株主の整理
などありますが、中小企業のオーナーの場合、今回のテーマに通じる①事業承継・相続対策が主な目的になります。

自己株式の取得の税務(非上場会社の場合)

非上場会社の場合、自己株式の取得に対しては「みなし配当」として株主に多額の税金がかかることがあります。
みなし配当とは、会社法上の配当に当たりませんが、税法では実質的に会社が蓄積してきた利益の分配と考え、その分配金を受け取った株主が配当金を受け取ったものとみなされて所得税と住民税が課せられることです。
配当金にかかる税金は約20%と思われている方もいると思いますが、それは上場会社から支払われる配当金の話です。
非上場会社から受け取る配当金については、総合課税として累進課税になり、最大55%近くの税金になることがあります。

以上のことから、内部留保(剰余金)が多い中小企業において安易に自己株式の取得をすると、金銭を受け取る株主側で多額の税負担が発生してしまいます。
法人税等を支払って蓄積されてきた会社利益を株主へ還元するだけで、多額の税金を支払うことは辛い話です。
それでは、自己株式の取得に関して税負担を下げる特例が無いかというと有ります。
それが今回のテーマである「相続後の自己株式の取得」であります。

簡単に言うと、総合課税されてしまう自己株式買い取りにかかる税金を、一律約20%の税金で済ませてくれる特例です。
それでは、「相続後の自己株式の取得」について次にまとめさせて頂きます。

相続後の自己株式の取得

この特例は「株式を相続した人が、相続が発生してから3年10ヶ月以内にその株式を発行会社に売却した場合(自己株式の取得)には、本来、累進課税により最大55%近くになる総合課税ではなく、約20%だけの税金にしますよ」という内容です。

具体的にどれだけ税金が違うかを下記の例で説明させて頂きます。

具体例

家族構成:経営者Aさん、長男B(後継者)
経営者Aさんの会社の評価額は10億円(ほぼ現預金)あり、株式のすべてをAさんが保有していました。Aさんは自身で起業し、長年に渡り会社経営に人生を捧げてきたこともあり、Aさん個人の役員報酬などを多く取ってこなかったため、個人の財産は預金2,000万円と自宅(評価額1,600万円)があるだけであとは経営する会社の株式がほとんどでした。
つまり、Aさんの経営する会社にお金は豊富にあるが、Aさん個人の保有するお金が極端に少ない状態です。会社の内部留保が大切だという意識が強すぎて偏った資産保有バランスになっているケースです。
Aさん自身も高齢のため将来的に相続するBに課税される相続税の事も考え、Aさんが保有する株式の50%を経営する会社に売却して、5億円を対価として得ました。
これによる翌年の確定申告によるAさんの所得税と住民税の納税額は・・・約2億5,000万円でした。
それではAさんが生前に自己株式の買い取りを実行せず、この「相続後の自己株式の取得」の特例について知っていれば税金はどのくらい少なくて済んだのでしょうか。

Aさんが亡くなった後、会社を継いだ長男Bは相続で取得した会社株式の50%を継いだ会社へ売却しました。特例を使った場合、長男Bの所得税と住民税の納税額は約1億円です。
また、後述する「相続後の取得費加算の特例」も併用可能です。これは長男Bが支払った相続税のうち相続後に売却した株式に対する財産割合の相続税について会社へ売却した株式の取得費として加算できる特例です。
今回のケースでこの特例も適用すると長男Bの所得税と住民税の納税額は・・・約5,000万円になります。
知っているか知っていないかで約2億円の税金の違いがあります。
極端な例ですが、特例を知らずに生前に自己株式の取得(Aからすると自社へ自分の保有する株式の売却)をすると思わぬ税負担が発生してしまいます。

特例を使うには届出が必要!

「相続後の自己株式の取得」の特例(みなし配当課税の特例)を使うには届出が必要です。自己株式の取得をする日までに「みなし配当課税の特例に関する届出書」をその会社に提出しなければなりません。提出を受けた会社は、その年の翌年の1月31日までに所轄の税務署へ提出してください。
届出書は、
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1477.htm
で取得できます。

特例を使う上での注意点!

①配偶者はこの特例を使えない可能性が高い。
理由は、この特例は「相続税を課税された人」がその相続で取得した株式を株式発行会社に売却した場合のみに使える特例だからです。
配偶者は相続税において最低でも1億6,000万円まで税金がかからない様な特例があるため、相続税が課税されないケースがあり、この特例の要件から外れてしまうためです。

②相続後3年10ヶ月以内に自己株式の取得をする。
特例には期限があります。期限後になると適用不可になりますので、期限内に自己株式の取得を実行する必要があります。

取得費加算の特例(併用可)

相続後、3年10ヶ月以内に、相続した財産を売却した場合には、取得費の特例という別の特例も併用して使うことが可能です。

参考:
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3267.htm

具体例で前述したとおり、相続又は遺贈により取得した土地、建物、株式などの財産を、一定期間内に譲渡した場合に、相続税額のうち一定金額を譲渡資産の取得費に加算することができる特例です。

まとめ

今回は相続後の自己株式の取得についてお伝えしました。
自己株式の取得の具体的な手続きについては今回は詳細を割愛しましたが、会社法に則した手続きが必要です。
また、事業承継・相続対策は専門的な知識と多面的な視点からの判断が必要です。
事業承継・相続対策でお困りの方は知識と経験が豊富な税理士などの専門家へご相談ください。

記.名古屋事務所1課