2020/10/06

配偶者居住権の制度概要と注意点

配偶者居住権ってなぁに?

配偶者居住権とは、「配偶者が相続開始時に居住していた被相続人(亡くなった方)所有の建物を対象として終身又は一定期間、配偶者にその建物の使用を認めることを内容とする法定の権利」のことです。
つまり「配偶者は、以前から住んでいた自宅を相続しなかったとしても、配偶者居住権を設定すれば、その家に住み続ける権利がありますよ!!」というものです。
この制度は、平成30年7月の民法改正によって、令和2年4月1日から既に試行されています。

なぜこのような制度が新設されたのかですが、例えば、夫婦が同居している場合、もし夫が亡くなったとしても、妻が今まで住んでいた家に住み続けるのは一般的にはあたり前のような気がしますよね。
ところが、相続が発生した時には、夫の財産は妻だけのものではなく、一般的には相続人全員で話し合って分割することとなります。
もし、相続人の各々が法律上の自己権利を主張した場合、夫の残した財産の内容によっては、妻は自宅以外の財産を相続できず、余生の生活に不安を生じることや、住み慣れた自宅を売却してまでも他の相続人に現金を分け与えなければならない様な事態が生じることもあり、それらのことは以前より問題視されていました。
そのため、このような問題を解決すべく、当該制度が新設されたわけですね。

簡単な例を挙げますと、
 亡くなった夫の財産
  自宅  3,000万円
  預貯金 3,000万円
 相続人 妻と前妻の娘の2人
 遺言書なし
だったとします。

最近、妻と前妻の娘は仲が悪く、娘は法定相続分である3,000万円分を相続する旨を主張してきたとしましょう。
その場合、妻が自宅を相続する場合には、預貯金の全てを前妻の娘が持って行くことになり、妻の今後の生活に支障をきたすことが想定されます。
逆に娘が自宅を相続した場合、娘の都合で勝手に自宅を売却することもできてしまうわけです。
(まぁ、前妻の娘がそこまで鬼のようなことをするかどうかは別の話ですが。)

そこで、配偶者居住権を設定するわけです。
例えば上記の例ですと、便宜上、配偶者居住権が1,500万円の評価だったとします。
妻は配偶者居住権と現預金の半分を、前妻の娘は自宅と現預金の半分を相続すれば共に3,000万円分を相続することになるわけで、妻は自宅に住み続けられ現預金も相続できるようになります。

※配偶者居住権の評価については、建物の評価額、耐用年数、経過年数、配偶者の年齢などにより変わります。
興味のある方は国税庁のHPに詳しい計算方法が掲載されていますのでご覧ください。

配偶者居住権のポイント

配偶者居住権についてのポイントは以下の通りです。
・設定する、しないは任意です。
・遺言または遺産分割協議等により取得します。
・相続の発生した時点において、その自宅に住んでいた配偶者のみに認められた制度です。(別居していた夫婦では認められません)
・不動産の登記簿謄本に登記しなければ効力はありません。(なお、不動産のうち「建物」のみに登記がされます)ただし、登記しなくても最低6カ月の居住権は保証されます。
・設定期間は任意に決められます。
・当該権利は所有者以外の第三者に譲渡できません。
・所有者と配偶者の間で合意のもと、所有者から配偶者が金銭を受け取って譲渡した場合(著しく低額な譲渡を除く)、配偶者には所得税(譲渡所得(総合課税))がかかります。
・途中で放棄することもできます。(その場合には所有者に贈与税がかかります)
・配偶者の死亡により当該権利は消滅します。(この時には、配偶者居住権の消滅による相続税はかかりません)
・夫婦以外の共有名義である建物については設定できません。
・第三者に賃貸していた部分については設定できません。
・遺言書に書く場合は「相続させる」ではなく「遺贈する」の方がいいでしょう。
その理由は、「遺贈する」とした場合は配偶者居住権のみを放棄することができますが、「相続させる」とした場合には配偶者居住権のみを放棄することはできず、配偶者居住権を放棄したい場合には全財産を放棄する必要があるためです。

配偶者居住権の注意点等

配偶者居住権を設定するのは、配偶者と他の相続人の仲が悪いケースも多いことでしょう。

そうなりますと、配偶者居住権を設定したのはいいが、「その後の修繕費は誰が負担するのか?」という疑問が出てくると思われます。
改正民法1034条1項によりますと、配偶者居住権が設定されている自宅については、通常の必要費は配偶者が負担することと定められています。

また、「固定資産税は誰が負担するのか?」という疑問も考えられるでしょう。固定資産税については、税務上の納税義務者は所有者です。ですが、先ほどの修繕の件と同じく、民法上の費用を負担する者は前述のとおり配偶者となるようです。

ただ、仲が悪いと修繕費や固定資産税負担分を所有者が配偶者に請求しても払ってくれないという事態はあるかもしれませんね。
その場合、「配偶者居住権をはく奪できるのか?」というと、これは出来ないようです。裁判を起こせば払ってもらえるとは思いますが、それだけの手間や費用を考えた場合には、泣き寝入りする人も多いかもしれませんね。所有者は建物を持っていても、配偶者が死ぬまで何もできない「立場の弱い地位」に置かれるという問題はあるのかもしれません。

次の注意点としては、配偶者居住権を設定した建物は他人に売却することが難しいということです。
例えば、高齢になった配偶者が、老人ホームに入居することとなり住んでいた自宅が空き家となる場合、所有者はその建物を売却したいと考えるのが一般的と思いますが、この時には配偶者居住権が大きな障害となってしまいます。配偶者居住権の設定されている建物を売却することは理論上可能ですが、実態としては、そのような物件を買いたいと思う人は皆無と考えられます。
そのため売却するためには、配偶者居住権を消滅させるか所有者が買取るなど一旦スッキリとさせる必要があるのですが、その場合には贈与税や所得税など何らかの税金がかかることが想定されます。

最後に、この制度については、税理士事務所にも注意が必要です。
この制度が創設された趣旨とは関係なく、二次相続まで考慮すれば、配偶者居住権を設定した方が、相続税を大幅に削減されるケースもあることが想定されます。そのため、相続人の仲が非常に良くて、一見すると配偶者所有権の設定など無縁に見える場合でも、最初の相続時に配偶者居住権を設定したケースもシミュレーションして説明しておかなければ、後日、相続人から損害賠償請求をされるということがあるかもしれません。
税理士事務所としては、余計な仕事が増えてしまいますね・・・。

記.名古屋事務所1課